空想公園

□サイクリング オン ザ ワールドパッチベイ 002  2004.2.3
ふと僕は気が付くと3歳だか4歳になっており、海が近い団地に住んでいた。その団
地での最初の記憶は母親が運転する自転車の荷台にまたがり、発進する瞬間に落ちて
どすんと尻餅をついたこと。僕の視界の中央に自転車がそびえており、母があわてて
スタンドをかけながら、あっごめーんとか何か言っているシーンだ。
その頃、海に行く途中には工事現場があり、公園が造成中だった。コンクリートで作
られた藁葺き屋根風の建物から滑り台が伸びていた。中に入れる屋根形の建物と滑り
台には目が無い子供だった僕は(恐らくはキャーとか言いながら)建物に駆け込み、
滑り台を滑ったのだった。キャーと叫びながら駆け出す子供がしばしばそうであるよ
うに滑り台しか目に入らなかったし、「立入禁止」という漢字は読めなかったし、張
り巡らされたトラロープとAバリケードもまた、この遊具をより楽しげに演出する飾
りかオプションみたいなものに感じられた。
工事中の滑り台はまたコンクリートがむき出しで無塗装、当然滑れるわけもなく、摩
擦係数が極端に高い滑り台型の設備の最上部に尻を付けた瞬間、呆然とした。仕方が
無いので口で「すいー」と言いながらしゃがんで歩き続け、気分だけ滑り台をやって、
ドタドタと点的に移動する足や周囲の風景を脳内でシームレスにスムージングした。
今ではこの操作もコンピュータができるようになったというのだからすごいな。
滑らない滑り台のことは諦めて、ヒミツ基地のようにしてコンクリ屋根の家やら周囲
の造成中の土の山の中をはしゃぎ回っていたら、ヘルメットを付けて灰色の作業服を
着た恐いおじさんに怒られたのだった。

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■ 浅野正蔵サバ長 ■
ブンカサーバー http://www.bunnka.com
kasano@tkk.att.ne.jp

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□サイクリング オン ザ ワールドパッチベイ 003  2004.2.4
昨日書いた「ふと気が付くと僕は3歳だか4歳になっていた」というのは「物心つい
た時には」を言い換えたんですよ。夢を見たわけでもフィクションでもありませんし、
不思議ちゃんの真似したわけでもありませんよ。紋切り型というのはしばしば違う所
に入ってしまうので避けていきたいんですよ。判ってくださいよ。
さて僕自身も罹ったことがある「正しいという病」あるいは「正しさ中毒」。そのこ
とについて少し考えてみたい。「正しいという病」について。
主立った症状は、論理的整合性が無い意見や言説を一発で見抜くこと。指摘すること。
場合によっては腹を立てること。例えばクリスチャンラッセンの絵とブレードランナー
の世界観が両方好きなのは間違っていると指摘してみたり、反戦思想のミリタリーマ
ニアは両立しないだろうと指摘してみたり、細木数子が諭す処方が民間信仰を編集し
ただけのものだと指摘してみたり、指摘したい欲求に苛まれたりする。症状が進むと
ロジックが成立していない発話言説すべてに怒りを覚え、徹底的に追及しなくては気
が済まなくなる。僕もその頃はかなり度が進んでいて、人と話しているとロジックが
レンガのようにカチカチ組み上がっていく幻視をしばしば見たり、論理的に話しがで
きない人を原始人のようにあなどったりしていた。あげくの果てに「テメーの駄弁で
オレの貴重な時間を浪費するんじゃネエ!」みたいな発作まで起こす始末。
やれやれ、「病」というものはまったく厄介です。
人の脳味噌というものが常に錯乱している状態であることを体験として知った今では
「正しい中毒」というよりも「人の思考の精度の高さを計るスコープ」ぐらいの感じ
になってきているので日常生活に支障は無く、思考のツメの甘いライターがツメの甘
い原稿を書いていたりするのを、時々「嘆かわしいなあ」と思う程度に収まっていま
す。
ところで「正しいカップ焼きそばの作り方」を知っていますか?
かやくを麺の下に入れておくんだよ。

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■ 浅野正蔵サバ長 ■
ブンカサーバー http://www.bunnka.com
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