フレッシュフレッシュフーズ

□サイクリング オン ザ ワールドパッチベイ 004 2004.2.5

<コンペティター 第一話>
「おい! 鈴木! こんな企画じゃ客は喜ばないっつってんだろうが!」 いつもの
ように部長のハッパが飛ぶ。マサルが提出したイベントの企画 書が気に入らなかっ
たらしい。マサルは例によってのろくさと立ち上がり、 はあ、と溜息とも返事とも
つかない声を発し、部長の手から企画書を回収 した。
マサルが勤める(株)フレッシュフレッシュフーズは、名前に反してアウトレット食
品の会社だった。某有名ハンバーガーやら著名なフライドチキ ン、高名なサンドイッ
チやポピュラーな牛丼チェーン、果てはコンビニ、 スーパー、ホテル、ファミレス
等々の「余剰在庫」を予め買い取り、ノン ブランド食品として再加工し、自社の流
通網を使って格安で提供する。有 名チェーン店の味が半額で味わえるのと、小ぎれ
いで小洒落た店づくりで しつこく20年以上続いた不況下での急成長産業の一角を
占めていた。
来年の「ヘラクレス」市場への株式上場に向け、さらなる新コンセプトの 店舗を展
開すべく、マサルが所属する新事業開発部ではその戦略企画が進 行中だったのだ。
その戦略企画とは、「タダでご飯が食べられます(条件付き)」。
その「条件」を企画することが、目下マサルたちに課せられた使命だった のである。


<コンペティター 第二話>
マサルが出した企画は大食い選手権だった。部長曰く「10年前に 終わってる」の
だそうだ。マサルは半ば自棄気味に複数の企画を箇 条書きに書き付けた。そのリス
トが30行を超えたところで時計を 見ると13時を回っていた。もう出ても良い頃
合いだろうと判断し、 昼食に出る。
12時から13時までを昼休みに指定するという悪癖はこの会社に は無かった。と
いうのも取引先の担当者は払い下げ先(マサルがい る会社)への電話を昼休み中に
かけたがったからだ。全体で5〜 20%に上る食品廃棄物を先回りして払い下げる
という取引には、 いかに明るく取り繕っても後ろ暗い気持ちが残るのだろう。また、
マサルの会社から担当者への「キャッシュバック」という名目のリ ベートも、半ば
公然と存在していた。
13時を過ぎて入る立ち食い蕎麦屋には、ピークを過ぎたせいか4〜 5人の客がい
るだけだった。「いらっしゃい」カウンターの中にい る太った店長が声をかける。
値段の割りにコシのある蕎麦を出すこ の店がマサルは好きだった。ササミの唐揚げ
が乗った蕎麦を注文。 店長は小声で「これ、サービスね」と言って掻き揚げを乗せ
てくれた。 マサルも小声で「どうもね」と言って壁沿いに打ち付けてある棚板 のよ
うなテーブルで蕎麦をすすりこむ。
店長がサービスで付けてくれた掻き揚げは、酸化したサラダ油の臭い がした。店長
が好意でおまけしてくれたことは判る。しかし職業柄、 体裁良く在庫処分をされた
ような気分になるのだった。マサルは掻 き揚げをとっとと丼の底に沈め、気に入り
の蕎麦のコシを堪能した。 蕎麦を食い終えて、バラバラになった掻き揚げを露もろ
とも胃に流 し込む。「まいど!」という店長のいつもの挨拶に送られて暖簾を まく
り外に出ると、酸化した掻き揚げのせいで屁が出始めた。



<コンペティター 第三話>
マサルは席に戻り、企画書を再び立ち上げ、昼食前に叩きつける ように書き込んだ
個条書きのリストを眺めた。リストの位置を上下 に入れ替えたり、グループ分けし
たり、新たに書き込んだりしてい るうちに、ぼんやりと企画が浮かび上がって来た。
マサルはこうい う瞬間が大好きだった。大まかな起承転結が見えて来て、マサルは
一気に企画書の文字部分を仕上げた。あとは丸やら四角やら、適当 な図版を放り込
んで矢印でつないでやればできあがりだ。とはいえ 文章をまとめるのにかかったの
と同じくらいの時間をかけて概念図 を描き入れ、順番待ちの激しいカラープリンター
で出力したものを 部長の机に置いたときには午後8時を過ぎていた。
翌朝、マサルは部長に呼ばれた。また叱咤されるのかとうんざりし ながら部長席の
前にある簡易椅子に腰を下ろす。
「いいじゃない、この企画」
良いわけないじゃないですか、というセリフをマサルはとっさに飲 み込む。目の前
の部長がいかに頓珍漢であろうと企画音痴であろう と、良いと言われたものをひっ
くり返して自分の首を絞める必要は 無い。
マサルが出した企画はあれよという間に部内会議にかけられ、周囲 の同僚の苦笑気
味の同意によって後押しされて、可決した。こうし てマサルが言い出しっぺとして、
また発案者に責任を押しつける形 でプロジェクトネーム「コンペティター」は始動
したのだった。
部内会議で命名された企画のサブタイトル。「次世代型ミールエン ターテインメン
ト」という文字を見ながら、マサルは発案者ながら 背筋に薄ら寒さを覚えた。





<コンペティター あるいは優越カフェ >

会社の近所に真新しいガラス張りのビルが出来た。でかい。
オープン記念だとかで、3階のレストランフロアの割引券
が会社にも配られたので、ふらっと行ってみた。
そのレストランの名前は「優越カフェ」。変な名前だなあ
と思って入ってみると、2階分吹き抜けの四角いスペース
の周囲を囲むようにテーブルが並んでいる。へえ、変わっ
た作りだなと思って下を見てみると、これがなんと。
テーブルに盛られた少ない食い物をめぐって老若男女が下
のフロアで争奪戦を繰り広げているではないか。ウェイター
がやってきてので、あれは何かと問う。

「大丈夫です、このガラスはマジックミラーになっておりま して、下の連中からは
お客様は見えません」

「?」

「下のフロアは100円で高級料理が食べ放題のスペースな んです。上のフロアの
お客様には、あそこで醜い争いをして いる連中を眺めながら、優越感とお食事を両
方味わっていた だく趣向になっておりまして・・・。下の方の料理ですが、 高級と
言いましても上のフロアの残り物なんですけどね。」


俺はランチを注文し、下の連中の食い物争奪戦を眺めながら
クククククもっと争え醜い豚どもめ、と言いながら昼食を堪
能した。

「優越ランチ」、観戦料込みで2800円也。高い。


明日はラフなかっこうをしてきて、下に参戦してみようと思う。



元ネタは三田隆治さんの「消費期限切れ食品マーケット」


http://www.google.com/search?q=%8F%C1%94%EF%8A%FA%8C%C0%90%D8%82%EA%90H%95i%
83%7D%81%5B%83P%83b%83g&ie=Shift_JIS&hl=ja&lr=

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□サイクリング オン ザ ワールドパッチベイ 005 2004.2.6

2月は冷え込むと言えども太陽が出ている日はほくほくと暖かく、リカンベント通勤
も快適で幸福だ。しかしそれは往路に限った話。復路に就く頃には太陽は沈み風は強
くなり手と足の指先はしびれて不幸な気持ちを満喫することになる。さて昨日はお日
柄も良くリカンベント通勤。日中12度まで上がるという僥倖に恵まれた日であった
が、やはりそれは往路に限定されていた。ズボンの上にオーバーパンツを履き、ダウ
ンジャケット様の綿入れの下にはユニクロのフリースを着み、手には外がナイロン中
がフリースの防寒手袋を装着。完全な外気遮断作戦だった。しかし完全なる遮断にも
かかわらず、微妙に冷えて膝の動きが鈍っているらしく、いつもならスルーできるは
ずの信号がことごとく赤。タイミングがずれているようだ。あげく皇居前の信号につ
かまり、信号待ちのあいだ横風をまともにくらってあわや転倒の危機。通常発進後1
0分で内側から暖まるはずの身体がほくほくして来たのは30分後のことであった。


ダァ。もう、すぐ家だよ。

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